69 欅のめざまし

69 欅のめざまし

 昔、高木村にはその名のとおり、けやきの大木がうっそうと茂っておりました。そして、ある旧家の庭にも、直径七尺(二・二メートル)もあるような大けやきが何本もありました。

 それは毎年夏のことです。
 早朝、東の空が白むころ、不思議な音が聞えてきました。
 "ザーッザーッ、ザーッザーッ"朝の静けさをぬうようにかすかに聞えてきます。それは、けやきが水を吸いあげる音だというのです。明るくなると音は止みますが、天気の良い日は毎朝きこえました。

 すると、お姑さんは「それ、けやきがうなり出したよ」と言ってお嫁さんを起こします。午前四時、空にはまだ星がまたたいていました。ぐっすり寝入っていたお嫁さんは、眼い目をこすりこすり起き出しますと、かまどに火を焚きつけて朝食の支度にかかります。
 忙がしい農家の朝は夏いちだんと早く、夜明けとともに始まるのです。
 時計などめったになかった頃のことですから、けやきの音がめざましになっていました。
 けやきの大木は、その後戦争中に切り出されて船材(ふなざい)として供出されました。
(東大和のよもやま話p149~150)